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08/1/22設置
あえて宗派にこだわらないことにしています。
色が付いている題字はメロデー付きです。題字クリックでメロデー、歌詞サイトに移行します。
和讃 御詠歌
花祭りの歌 成道会
涅槃会の歌 大聖釈迦如来成道御和讃
大聖釈迦如来涅槃御和讃 聖号
大聖釈迦牟尼如来御詠歌
童謡
花祭り相馬御風 作詞、弘田龍太郎 作曲
こどもの花まつり賀来琢磨 作詞 本多鉄磨 作曲
成道会の歌三橋あきら 作詞 本多鉄磨 作曲 涅槃会(ねはんえ)長田恒雄 作詞 下総完一 作曲

ここでは、代表的な和讃、仏教とは必ずしも関係ありませんが道歌を収録しました。
迷信と遇説にあふれたせ界で、明らかに釈尊の方向とは違うように思うのですが、長い歴史をかけて日本の民衆に浸透してきた
思想であることもまた、まぎれない事実です。
そうした意味で、収録しておかないと消えてしまう日本の文化の1つとしてあえて取り上げました。
地蔵和讃 血盆経和讃

帰命頂礼地蔵尊 無仏世界の能化なり これはこの世の事ならず 死出の山路の裾野なる
賽の河原の物語 聞くにつけても哀れなり この世に生まれし甲斐もなく 
親に先立つありさまは 諸事の哀れをとどめたり

二つや三つや四つ五つ 十にも足らぬおさなごが
賽の河原に集まりて 苦患を受くるぞ悲しけれ
娑婆と違いておさなごの 雨露しのぐ住処さえ
無ければ涙の絶え間無し 

河原に明け暮れ野宿して 西に向いて父恋し 
東に向いて母恋し 恋し恋しと泣く声は 
この世の声とは事変わり 悲しさ骨身を通すなり

げに頼みなきみどりごが 昔は親のなさけにて
母の添い寝に幾度の 乳を飲まするのみならず
荒らき風にも当てじとて 綾や錦に身をまとい
その慈しみ浅からず

然るに今の有様は 身に一重さえ着物無く
雨の降る日は雨に濡れ 雪降るその日は雪中に
凍えて皆みな悲しめど 娑婆と違いて誰一人 
哀れむ人があらずなの 

ここに集まるおさなごは 小石小石を持ち運び
これにて回向の塔を積む 手足石にて擦れただれ 
指より出づる血のしずく からだを朱に染めなして

一重つんでは幼子が 紅葉のような手を合わせ 
父上菩提と伏し拝む 二重つんでは手を合わし 
母上菩提と回向する 三重つんではふるさとに 
残る兄弟我がためと 礼拝回向ぞしおらしや

昼は各々遊べども 日も入相のその頃に
地獄の鬼が現れて 幼き者の側に寄り
やれ汝らは何をする 娑婆と思うて甘えるな

ここは冥土の旅なるぞ 娑婆に残りし父母は
今日は初七日、二七日 四十九日や百箇日
追善供養のその暇に ただ明け暮れに汝らの
形見に残せし手遊びの 太鼓人形風車
着物を見ては泣き嘆き

達者な子供を見るにつけ なぜに我が子は死んだかと
酷や可哀や不憫やと 親の嘆きは汝らの
責め苦を受くる種となる

必ず我を恨むなと 言いつつ金棒振り上げて
積んだる塔を押し崩し 汝らが積むこの塔は 
ゆがみがちにて見苦しく かくては功徳になりがたし 
とくとくこれを積み直し 成仏願えと責めかける

やれ恐ろしと幼子は 南や北や西東
こけつまろびつ逃げ回る なおも獄卒金棒を 
振りかざしつつ無惨にも あまたの幼子睨み付け 
既に打たんとするときに 幼子怖さやる瀬無く
その場に座りて手を合わせ 熱き涙を流しつつ
許したまえと伏し拝む

拝めど無慈悲の鬼なれば 取り付く幼子はねのけて
汝ら罪なく思うかよ 母の胎内十月の内
苦痛さまざま生まれ出て 三年五年七歳と
わずか一期に先だって 父母に嘆きを掛くること
だいいち重き罪ぞかし

娑婆にありしその時に 母の乳房に取りついて
乳の出でざるその時は 責まりて胸を打ち叩く
母はこれを忍べども などて報いの無かるべき
胸を叩くその音は 奈落の底に鳴り響く

父が抱かんとするときに 母を離れず泣く声は
八万地獄に響くなり 父の涙は火の雨と
なりてその身に振りかかり 母の涙は氷となりて
その身をとずる嘆きこそ 子故の闇の呵責なれ

かかる罪とがある故に さいの河原に迷い来て
長き苦患を受くるとぞ 言いつつまたもや打たんとす
やれ恐ろしと幼子が 両手合わせて伏し拝み
許したまえと泣き叫ぶ 鬼はそのまま消え失せる

河原の中に流れあり 娑婆にて嘆く父母の
一念届きて影映れば のう懐かしの父母や
飢えを救いてたび給えと 乳房を慕いて這い寄れば
影はたちまち消え失せて 水は炎と燃え上がり
その身を焦がして倒れつつ 絶え入ることは数知れず

峰の嵐が聞こえれば 父かと思うて馳せ上がり
辺りを見れども父は来ず 谷の流れの音すれば
母が呼ぶかと喜びて こけつまろびつ馳せ下り
辺りを見れども母は無く 走り回りし甲斐もなく
 
西や東に駆け回り 石や木の根につまづきて 
手足を血潮に染めながら 幼子哀れな声をあげ 
もう父上はおわさぬか のう懐かしや母上と 
この世の親を冥土より 慕い焦がれる不憫さよ

泣く泣くその場に打ち倒れ 砂をしとねの石まくら
泣く泣く寝入る不憫さよ されども河原のことなれば
さよ吹く風が身にしみて またもや一度目をさまし
父上なつかし母ゆかし ここやかしこと泣き歩く

折しも西の谷間より 能化の地蔵大菩薩
右に如意宝の玉を持ち 左に錫杖つきたまい
ゆるぎ出てさせたまいつつ 幼き者のそばにより

何を嘆くかみどりごよ 汝ら命短かくて
冥土の旅に来るなり 娑婆と冥土はほど遠し 
いつまで親を慕うとぞ 娑婆の親には会えぬとぞ 
今日より後は我をこそ 冥土の親と思うべし 幼き者を御衣の    
袖やたもとに抱き入れて 哀れみたまうぞ有難や

いまだ歩まぬみどりごも 錫杖の柄に取り付かせ
忍辱慈悲の御肌に 泣く幼子も抱き上げ 
なでさすりては地蔵尊 熱き恵みの御涙   
袈裟や衣にしたりつつ 助けたまうぞ有難や

大慈大悲の深きとて 地蔵菩薩にしくはなく
これを思えば皆人よ 子を先立てし人々は
悲しく思えば西へ行き 残る我が身も今しばし
命の終るその時は 同じはちすのうてなにて

導き給え地蔵尊 両手を合して願うなり

南無大悲の地蔵尊 南無阿弥陀仏阿弥陀仏

真言

口奄 訶訶訶 尾娑摩 曳娑婆訶
オン カカカ ビサンマエイソワカ

  帰命頂礼血ぼん経 女人の悪業深きゆへ
  御説玉ひし慈悲の海 渡る苦界の有様は
  月に七日の月水と 産する時の大あく血
  神や仏を汚すゆへ 自づと罸を受くるなり
  又其悪血が地に触れて 積もりつもりて池となり
  深さが四万余旬なり 広さも四万余旬なり
  八万余旬の血の池は みづから作る地獄ゆへ
  一度女人と生れては 貴賤上下の隔てなく
  皆この地獄に堕るなり 扨この地獄の有様は
  糸網張りて鬼どもが わたれ渡れと責めかける
  渡るはならずその池に 髪は浮草身は沈み
  下へ沈めば黒がねの 觜大きい虫どもが
  身にはせきなく喰ひ付きて 皮を破りて肉をくひ
  隅や岸へと近よれば 獄卒どもが追いいだす
  向ふの岸を見わたせば 鬼ども揃うて待ちいたる
  哀れ女人のかなしさは 呵嘖せられて暇もなし
  寄せくる波の音きけば 山も崩るゝばかりなり
  岸に立ちたる顔見れば 娑婆にて化粧し黒髪も
  色も変りて血に染まり 痩せおとろへて哀れなり
  食を好めば日に三度 血の丸かせを与へけり
  水を好めば血をのませ 娑婆にて作し悪業ぞ
  呑めやのめやと責めかける 其時女人の泣く声は
  百せん万の雷の 音よりも又恐ろしく
  娑婆にて作し悪業が 思ひやられて悲しけり
  是はなにゆへ子を持ちて かゝる苦患を受るなり
  母の恩徳しる人は 菩提供養をするならば
  抜苦与楽は疑はじ 南無や女人の成仏経
  女に生るゝその人は 血盆経を読誦して
  人にも勧め我もまた ともに後生を願ひなば
  先だつ母親姉いもと あまたの女人も諸共に
  血の池地獄の苦をのがれ 地蔵菩薩の手引にて
  極楽浄土に往生し 常に無上の法をきく
  諸仏菩薩を供養せん  南無や女人の成仏経

十九夜念仏和讃
 
帰命頂来十九夜の 御堂の前を眺むれば
老若男女が集りて おおさめ申す念仏は
家内安全身の祈祷 嫁も娘も安産に
守らせ給え観世音 一には大日如来様
二には日月薬師様 三には三世の諸仏様
四には信濃の善光寺 五には五智の如来様
六には六道の地蔵様 七には七尊観世音
八には八幡大菩薩 九にはくりから不動様
十には当所の神仏 それを念ずる友がらは
十悪大難逃がるべし 死して冥土に行く時は
八万余仭の血の池を かすまな池と見て通る
女人救はんその為に 血の池地獄へお立ち会い
血の池のがるお念仏は 十九夜様の御本尊
火水あらためこうむりて さてまたごんぎをとり清め
さて浅ましや月の厄 十三、十四の頃よりも
四十二、三が身とめなり 月には七日の厄なれば
年には八十四日ある 今朝まで澄みしが早にごり
濁りし我が身を濯ぐには ぼんちの下の井の水で
井の水くんですすぐべし 掬くいてこぼすも恐ろしや
こぼせば大地が八つに割れ ほのぼの煙も立ち上り
山へこぼせば山の神 地の神荒神けがすなり
川ですすげば川下の 水神様も汚すなり
池ですすげば池奈落 両え浄土を汚すなり
天日で干すも恐ろしや 日輪様をけがすなり
夜干にほせば星明神 月輪様を汚すなり
まだその外に恐ろしや ちりに交りて火にくばり
普賢ぼさつや釜の神 三世の諸仏を汚すなり
南無阿弥陀仏のお念仏を 三べん申して桑の木の
桑の根本えこぼすなり その血のとがも恐ろしや
夜昼血の波わきかえる 広さが八万余仭なり
深さが八万余仭なり 中へ落ちる罪人が
池の底へと押し込まる 上へ浮かびて空見れば
上にはれん上の綱をはり あらあら恐し鬼達が
黒がねちょうしを手に持ちて  我らの娑婆のやく水が
飲みほせ掻いほせ呵責する  如意輪様が現われて
さほどの罪もあるまいに 我らが娑婆にありし時
遊びに申ししお念仏  蓬莱山の山となり
蓬莱山のやま現れて  ひらきし蓮華が五本立ち
つぼみし蓮華が四本立ち 九品浄土へ参るには
開きしれんげを笠にして つぼみし蓮華を杖につき
法華経陀羅経みのに着て  行かぬかなわぬ道なれば
雨の降る日も風の夜も 昼夜に差別さらになし
ついたち九日十九日 二十九日のお念仏で
八万余仭の血の池を 申し埋めたい南無あみだ
念仏からくる唐糸は 極楽浄土のこの門を
銭でも金でも開かばこそ 念仏六字でさらと開け
極楽浄土のまん中へ  黄金の御堂が三つたち
上なる御堂を見たまえば 釈迦と達磨のお立ちあい
下なる御堂を拝むれば 父と母との住む浄土
極楽浄土へこぎ給へ 申し浮びし南無阿弥陀
十九夜講は、安産の神、十九夜様を主尊とし、数ヶ月に一度、十九日に集まって、如意輪観音による血の池地獄からの救済を謳う「十九夜念仏和讃」を唱えた。
施餓鬼供養和讃

帰命頂礼釈迦如来 阿難尊者のおん慈悲に
こたえて説かる施餓鬼法 この世はみたまかずかずの 
いまだに迷う業の世や

救いの道はただひとつ 心施物施の布施の行
南無や大悲の観世音 十方諸佛十方法
十方僧に供養せん

神咒お加持の功徳力 この土を清くやすらかに
慳む心を捨てさりて 発菩提心この世界
全てのねがい叶うなり

南無や五如来その利益 むさぼるこころ除かれて
福徳智慧を円満し 身心共に晴れやかに
受ける施食も恐れなし

有縁無縁のへだてなく その悦びのしあわせは
行う人の身にやどり わざわいの雲打ち拂い
世々長寿受くるらん

天下法界 同利益
小豆島和讃

帰命頂来遍照尊 ここは名高き小豆島
八十八ヶ所霊験地 お大師さまの山開き
聞くにつけてもありがたや 廻る遍路の物語
盲が目が見え足が立ち 記念に残す松葉杖
大師の姿型どりて 頭に菅笠杖を突き
同行二人の札ばさみ 足中草履に身を乗せて
老いも若きも差別なく 参るこの身ぞ仏なり

前島回る遍路道 五十八番西光寺
小波さざ波岸打ちて 音も静かな浜伝い
六十番の札所では 波より低き洞の穴 いざり車や松葉杖
七十番の札所では 大石秘蔵の茶釜あり
七十二番の奥の院 笠ヶ嶽(たき)にて不動尊
道も険阻な岩と岩 嬉し涙で祈願する

八十番の観音寺 本堂火災で丸焼けに 不思議に残る観世音
幾多の子ども授かりて 日夜灯明絶え間なし 五色の滝も奥の院
八十一番恵門滝 海より出現あそばした 音に名高き不動尊
座禅に組んだ御神体 日本に三体あるばかし 頭の下がらぬ人はなし
思わず知らず手を合わし 声を張り上げ祈願する 年々霊感新たなり
吉田越しではいざり坂 不思議を残す盲坂 今は自動車船の便

第二番の不動尊 足を滑らし行場より 落ちたその身に怪我もなし
第一番の洞雲山 毘沙門天王勧請す 鐘の福徳授かりぬ
鼻ヶ岩にて見渡せば 八栗屋島に五剣山
鳴門海峡に淡路島 眺めて休むひとときは これがこの世の極楽か
第三番の奥の院 海より現る観世音 竜洞松も空高く
大師みずから腰掛けて 修行せられし岩もある
夫婦仲良く暮らせよと 示して残す和合の木
罪ある人が行場より 落とされその場で即死する

十四番の清滝山 大師遺徳のお加持水
いかに日照りの年とても 水の切れたるときもなし
陛下の行幸あそばした 天下の景勝寒霞渓は 表と裏で二十景
四望頂にて一休み 全山一目に見たときは またひとしおの眺めなり
不思議の石門通り抜け 大師ご修行あそばした
仏ヶ谷の二十番 お加持石にて利益あり

三十一番誓願寺 東洋一の蘇鉄あり 最後の難所西の嶽(たき)
四十二番の本尊は 大師のご自作国宝で 十一面の観世音
大蛇を封ぜし奥の院 開けずの瓶の説明を 聞いて神秘のありがたさ
四十番の鐘の鬼 巻き付く黒髪切り取りて 世の戒めに残しけり
五十三番ほうしょ院 文部大臣認定の
世界一なるハクの木は 空にそびえて天高く
行者堂にて札納め 作りし罪も許されて
山坂難所も打ち越して 心も軽し身も軽し
今のわが身が仏なり 精神修養身のために 一度は参拝する所
南無大師遍照尊 南無大師編照尊

「目連尊者」 口説
 
ここに語るは盂蘭盆経よ、心定めてこれ聞き給え、国を申さば中天竺の、マガダ国なるその霊地にて、釈迦の御前その御弟子に、まず第一が目連尊者、なんで初なんそのあくり巾は、須弥の山をば七重に巻いて、雲を吹き立て暗闇となし、虎を吹き出し火煙吹いて、人を悩まし病を起こす、そこで目連大龍となりて、彼が上らば一四重舞いて、白き雲をば吹き立ち給う、闇に照らしたさてその後で、薬吹き出し人をば助け、それで悪龍は恐れをなすよ、さてはその時目連尊者、または八万四千の虫に、身をば変化てその悪龍の、鱗々のその下に入る、皮肉せしむるくいやき給う、龍の苦しみ限りをなして、遂に目連降服なさる、それに悪逆おばん弟子の、五百人なるその人々の、布の袋を皆出し入れて、肘に引きかけ仏前送り、じんずむべんの御身あれど、自業自得は逃れはないぞ、母御浄土の人とは言うは、邪険なれども罪科深い、遂に餓鬼道にだたいをなさる、ききぬさかつの苦しみ送る、これを目連よく見給えば、肉もなければ骨皮ばかり、首は僅かに糸筋の如く、口は僅かに針穴ばかり、御身火煙を燃えさせ給う、煙口より渦巻き出るに、顔もすぼけて哀れな姿、涙流すにそりゃ雨の如し、飢者は尊者に向かって曰く、飢渇おかつの苦しみ受くる、これをつぶさに語るぞ尽きず、それで目連涙に暮れる、珍味調え膳部を供え、母御お膳を差し上げなさる、母御お膳にお着きになれば、大地響きて陥り給う、地より掘り出し膳をば上げる、前部残らずわたしとなりて、国か遥かに空燃えのぼる、それで目連涙に暮れて、木の実拾って母御にあげる、それを母御がお上がりなせば、木の実たちまち剣となりて、御身前部にそりゃ切り身裂く、水をむすびて手向けてみれば、水は火とはり肌をば焦がす、天にゃ焦がれて大地にゃまろぶ、嘆き悲しみ涙にむせて、わしはにらびの親族一の、手なでありつつ母上様の、難を助くるそのことできず、親御女の悲しみ深く、そこで仏にお訊ねなさる、仏答えて経文なさる、自業自得に遁れはないが、汝自力で叶いはせぬぞ、いつけ終わりの七月半ば、盂蘭盆会はヤレありがたや、無間地獄に沈みし者も、暫し間は逃るる時節、そこで遍く供養をなさる、母のけんどく罪科深く、教え給えば目連尊者、珍味調え膳部をつくり、数多御僧御供養をなさる、よくも信心さてありがたや、西方極楽花降る地にて、池の中には蓮華が開く、花の中から光を放つ、孔雀鳳凰初音を出だす、風の音さえあらありがたや、千夜篳篥音楽囃子、さては空殿黄金瑠璃や、麝香赤珠珊瑚や琥珀、しゃほうしゃごんはあらありがたや、五百空殿はや鳴り渡る、数も限りもその荘厳も、瑠璃は地に敷きいさごをなして、善の柱に光を出だす、瑪瑙の打ち張り白金壁よ、瑠璃の欄間にゃ光を出だす、光花当て蓮華に上がる、百身御会心の誠、それで目連数多のお弟子、勇み喜踊らせ給う、盆のいわれはここから始め、すべてお経は仏の教え、遂に唐土またその後は、日本国にも渡らせ給う、人皇二十九欽明天皇、天治十三午年なるに、お経始めて渡らせ給う、盆の至りてただ今までも、盆の供養はますます繁盛。

「石童丸」  口説 巡礼」  口説

あわれなるかや石童丸は 父を尋ねて 高野に登る
女人禁制 おきてを守る 母を麓の 玉屋の茶屋に預けそのまま 山へと登る 
九百九十の 寺々めぐり尋ね回れど 行方は知れぬ 
迷い来たのが 無明の橋で親子二人が 出で会いなさる 親も知らねば 子は尚知らぬ
そこで石童 申することにゃ 申し上げます 御僧様よ
わしが父なる 今道心を どうぞお慈悲で 教えてたもれ
言えば御僧の 申することにゃ 九百九十も ある寺々に
昨日剃ったも 今道心じゃ 去年剃ったも 今道心じゃ
同じ道心 その数知れぬ 人に尋ねる その道筋は
国と所と 我が名を書いて 丁目丁目に 高札立てて
凡て七日か 十日の内に 尋ね会えれば よい方でござる
聞いて石童 うち喜んで 申し上げます 御僧様よ
書いて下され その高札を 言えば御僧の 申することにゃ
ここは高野の 山坂道で 紙もなければ 書く筆持たぬ
女人堂まで 下っていって 書いてあげましょ その高札を
言うて二人は 女人堂に下り 玄関口にぞ 腰うちかけて
硯引き寄せ 墨すり流し 筆と紙とを 両手に持ちて
国は何処か 名は何某か 言えば石堂が 申することにゃ
国を語るは 恥しけれど それを言わねば 高札できぬ
筑後 筑前 大隅 薩摩 肥後と肥前の 六っの国の
守護と仰がる 御大将の 加藤左衛門 重氏様の
忘れ形見の 石堂丸と 聞いて御僧 うち驚いて
筆と紙とを からりと落とす
ちょと音頭さん ここらで休もう
   

ここに哀れな 巡礼口説 阿波の鳴門の 徳島町よ
国に忠義な 侍なるが 家の宝の 刀の詮議
なんの不運か 無実の難儀 国をたちのき 夫婦の願い
神や仏に 心願かけて 授け給えや あの国次の

刀商売 研屋の店よ 心しずめて 目くばせなさる
行けばほどなく 大阪町よ 音に聞こえし 玉造にて
九尺二間の 借屋をいたし そこやかしこと 尋ねんものを
育てられたる あのばばさんに 永のいとまの 旅立ち願う

隣り近所の あの子でさえも 髪を結うたり 抱かれて寝たり
それが私は 羨ましいよ 今日は是非とも お暇をいたし
諸国西国 巡礼するが 背にゃ笈摺(おいずり) 六字の名号
娘お鶴と 書いたる文字が 墨がにじみて 姿が薄い

左杖にて 六分の供養 白い脚絆にゃ 四辻の草鞋
首にゃ布施金 掛けたる儘に 大悲大悲の 観音様へ
どうぞ父さん あの母さんに 会いた見たさに 両手を合わせ
三十三番 残らず拝み 西も東も わからぬ娘

年は十にて その名はお鶴 親の行くえを 尋ねんものと
育てられたる あの婆さんに 別れ行くのが 紀州をさして
霊場一番 あの那智山か 二番紀の国 その紀三井寺
三んに東国 粉河の寺よ 父と母とに 恵みも深い
参り寄り来る その人々も 願いかけるが 藤井の寺よ

花のうてなの 紫の雲 参り廻りて その道筋よ
着けば大阪 玉造にて 角に立ちたる 巡礼娘
通しゃ願うと その言う声も 神の恵みが 観音様の
お引合わせの 前世の縁か 軒を並べし その家続き
我も我もと 皆出て見れば さてし暫く 巡礼娘

見れば見るほど 愛らし娘 国は何処よと 尋ねて聞けば
私は大洲の 徳島町よ そしてお前の 二親達の
名は何とじゃ 聞かしちゃおくれ 私が父さん 十郎兵衛と言って
母はおゆみと 言うことなると 聞いて驚く おゆみが心

胸をせきあげ 涙を流し 覚えあるかな 額のほぐろ
年はゆかぬが はるばる此処へ 会いに来たのを その親達は
さぞや見たなら 嬉しゅござる ままに ならぬが 浮世の習い
親にそなわり 子と生れても 何の善なき 事ではないが

帰えりゃしゃんせと ばばさん方へ 父も追つけ 戻るであろう
ながくは伝わる この物語り チョイと ここらで 一息入れよ




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