言の葉・言霊・独り言
日々の暮らしの中で出会う言葉には珠玉の響きを持ち、味わうにつれ滋味を増す言葉があります。


はじめに言(ことば)あり
キリスト教では「はじめに言葉あり」といいます。
私の恩師紀野一義先生は「言葉は沈黙から出る」といいました。
人が人に恋を告白するとき、長い沈黙から、言葉がほとばしるように言葉が出るといいます。

人を立ち止まらせ、考えさせる言葉は、騒音から出て騒音に帰る言葉ではなく、沈黙から出て沈黙に帰る。
そう言う言葉でなくては真実の言葉と言えないでしょう。まして、人に働きかける力は持たないでしょう。

このページでは私が60年近く生きてきた中で、私をして立ち止まらせ、考えさせ、生きる力を与えてくれた言葉を思いつくままに書きたいと思います。

ああ、はれ
世界の民族によって、喜怒哀楽を表す表現はさまざまですね。

「オオ!!マイ、ガット」
映画の中ばかりでなく、この前のアメリカの同時爆破テロの崩れるビルの映像には、必ずこう叫ぶアメリカ人の言葉が聞こえます。

「アイゴー、アイゴー」
朝鮮族はこう泣いて、身振り手振り激しく悲しみを他人に示して見せます。

「ああ、はれ」
日本人は他人の悲しみに接した時、息といっしょに言葉を飲み込みます。
ああ、はれ=あわれ」
私はなんと美しい表現だろうと思います。
他人の悲しみに対するうわべだけでない同情の深さが現れているではありませんか。
哀れは同情の悲しみになります。
他人と悲しみを同じくする、これを「同悲」といいます。
同悲は、慈悲と同じです。
他人の悲しみを自分の悲しみにする。これは仏の心ですね。
日本人のうちにもの沈潜させる民族性が、日本の仏教を深いものに下と私は思います。

「悲=ひ」梵語で「マイトリー」というそうですが、この響きもいいですね。

近頃、体当たり演技と称して未熟で若い芸能人が、泣いたり吼えたりして、うるさいばかりのドラマが増えました。
一昔前の女優で、じっと耐えた顔の頬に、無言のまま、たった一筋涙を伝わせた演技のほうが私には深い悲しみの表現に思います。

私が日本人だからか、それとも、感性が古ぼけてきたのか、どちらかでしょうか。
「美しい日本」「美しい日本人」を私はそこに見ます。

いろはにほへと
色は匂えど・・・
昔、着物産業の斜陽化が見えてきたときに、私のいる十日町の着物産地では「流行色」として、各色に、少しばかりセンチメンタルな名前をつけて発表したことがありました。
少女趣味が勝ったような物であまり定着したとは思えません。

私がここに書こうとしていることはあくまでも個人的な感想ですからそのおつもりで聞いてください。

翠(緑)滴ると言いますが、秋の紅滴るとは言いません。紅はやはり映える。でしょうね。

青は冴えるでしょうか。黒はやはり沈むでしょう。

さて、私は若いときに、白色をみやび(雅)と感じました。
神聖な色として紳職が使用したりしますが、喪服の色としている地方もあります。
あらゆる色に染まることから花嫁衣裳に使います。

私はこのごろ、反対に、あらゆる色を跳ね返す拒絶の意味も感じるようになってきました。
黒色があらゆる色を吸収してしまうのと、正反対の意味です。

対極にあるものは似ている性質を保有するという私の思い込みからすると白と黒は物事の表裏でしかないようにも思います。

ここで、なにを言いたいかと言うと、私は神道的なものに白、仏教的なものに黒を当てはめ、二つのものが不即不離ではないかと、強引に思ったわけです。

上記はあくまでも個人的見解ですから、他人に賛成を求めるものではありません。

あのこはだあれ、誰でしょね
♪あのこはだあれ、だれでしょね、・・なんなんなつめの花の下・・・かわいいみよちゃんじゃないでしょか♪

という、細川 雄太郎さんの作詞した童謡がありました。
10歳の時お父さんを亡くし、小学校高等科を卒業と同時に群馬県の味噌醸造のお店に奉公にでた。夜、光りが洩れないように布団の中に裸電球を持ち込み、故郷を偲びつつ作詞をしたといいますが、今回はその話ではありません。

ネットの世界での匿名のお話です。
私はネットの世界を知る以前から匿名ということを極端に嫌ってきました。
どのようにすばらしい意見でも、発した人の人柄のわからない意見は80パーセントは破棄してもよいと思っています。
破棄してはならない残りの20パーセントは、権力によって、あるいはあおられた無知な大衆によって発言者に重大な危険が及ぶ場合です。
そして、発言者が女性の場合もある程度の匿名は許せると思っています。

私は、雅号を使って発言していますが、住所、電話番号、年齢を明かしていますから、これはすでに第2の本名と言ってもよいでしょう。

さて、掲示板に書き込みをする人、メールを下さる人で本名はおろか、どの地方に住む人かも明かさない人がいます。
1度ならともかく、5度も6度も、難しい質問を仕掛けてくる人に、私のできる最大のお返事をして、何ヶ月、何年になる人にもです。

そしてある日、ぷっつりと消息を絶つ人がいます。
これは、人間としてのと言うよりも、人とお付き合いをする上でのルール違反ではないでしょうか。
その人のために、見ず知らずの私が誠意を込めて回答した時間をなんと思っているのでしょう。

そう言う人が、匿名のハンドルネームもそのままに他のサイトに出入りし、相変わらず、私にした質問と同じ質問を重ねているのを目にして少し考えました。
この人は自分の人生も、他人の人生の時間も無駄にしているのだ、こう言う人には人生の深遠は決して分からないだろう、今度私のところに来たとしても、まっとうに対応しないだろうと・・・。

位討ち(くらいうち)
その昔、京都では地方から京都に来て権勢を振るうものに位打ちをしたと言います。
どんどんと、本人が予測もしないくらいの勢いで昇進させ、有頂天にさせて人格を壊し、自ら破滅させるという.権力を持っても力を持たない公家が考えた陰湿な罠です。

木曾義仲も、源義経も見事に位打ちに合いました。
それを知っていた源頼朝、織田信長や、徳川家康は京都に接近しすぎないようにしたことは賢明でしたが、織田信長は位打ちにあった光秀に殺害されたのですから、やはり京都公家の罠にあったのかもしれません。

この頃のマスコミを見ていると、実に位打ちに近いことをしています。
昨年の堀江社長に例を見るまでもなく、マスコミは特定の個人を天の高さまで持ち上げ、無残に打ち落とします。
思い出せば、オーム真理教の麻原が登場した最初のとき、空中浮揚できるなどと、いまどきの時代に噴飯物の鳴り物入りで持ち上げたのもマスコミでした。
数々の芸能人、今は盛りの人も、明日はマスコミによって地獄に突き落とされることがあります。

人はその絶頂のときに墓穴を掘るといいます。
自分の得意なことで破滅するといいます。

地道に生きることがいかに無事であり、大切なことかはこの事だけでも思えますね。

普通の道徳
ジャック・アナトール・フランソワ・チボーは、20世紀前半のフランスを代表する小説家・批評家です。芥川龍之介が傾倒していた人でした。
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正直とか、親切とか、友情とか、そんな普通の道徳を堅固に守る人こそ、真に偉大な人間というべきである。
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上記のアナトール・フランスの言葉以上の宗教というのは、私にはすべてむなしいものに思います。
それ以上の憲法も無いのではないでしょうか。
 殺すなかれ、奪うなかれ
わずかなことを守るだけで平和に過ごせた時代は人間にとって至上の世界だと思います。

李白は鳥巣仙人に問いました。
「仏教で一番大切なことは何ですか」
鳥巣
「善いことをしなされ、悪いことをしなさるな」
李白
「そんなことは3歳の子供でも知っている」
鳥巣
「3歳の子供でも知っているが、百歳の翁でも行いがたい」

これを一言でまとめて「諸悪莫作 衆善奉行」といいます。

楽しみは
橘曙覧(たちばな あけみ)http://www.tokyo-np.co.jp/bungaku/text/32.html
という人の歌に

たのしみは妻子むつまじくうち集(つど)い
    頭(かしら)ならべて物を食うとき

というのがあります。

いかに国家百年のことを大言壮語しても、釈迦の再来であるかのように他人に得々と説教をたれてふんぞり返っている人も、自分の家庭さえ顧みないのでは人といえません。
社会も、国家も、世界も、たとえ貧しい食事であろうと、一家そろって楽しい食事がすべての基本です。
極論すれば、家族と一緒に食事もしない、1皿のおかずを一家中で分け合ったことのない人は、友としてはならず、ましてや国の政治を任せてはならず、聖人君子の道を説かせてはならない。
と、私は思います。

泣き言は言わない
私の大好きな作家に山本周五郎氏がいます。
「泣き言は言わない」
というのは氏の小説の中の言葉を集めた本ですが、このタイトルなんとも言えぬ味わいがあります。
氏は長い下積みを経た小説家で、経済的に恵まれない時代が長い人でした。

そんな若いときに、どれほどか「賞」というものを欲したことでしょう。
しかし若いときには得ることができませんでした。
努力で、人に知られるようになって、さまざまな賞の候補になりました。
氏は、それらをことごとく断りました。いまさら何ぞ、という意地があったのでしょうね。
その、鬱屈した心はなぞりたいほど共感を呼びます。

不遇の時代が長かったのですから、金銭的に困ったことが多かったようです。
出版社から前借する名人だといわれました。
いろいろと出版社に泣き言を言ってお金を前借した経緯が本に乗っています。

時代は違いますが葛飾北斎が
「版元様、この寒さに老人がぬのこ1枚で震えています」
という泣き言を並べたお金を無心する手紙が残っています。

私は山本周五郎氏や、葛飾北斎ほどえらくはなれませんが、「泣き言」を言う才覚だけは負けません。
それでいて、山本周五郎氏のように、随筆を書くときには、やはり題名を「泣き言は言わない」とするでしょう。

忘れえざる人
私が17歳の頃、誰かの本に「忘れ得ざる人」という題名がありました。
内容は
「深いかかわりを持った人たちよりも、ふと行きずりにあった人の方が忘れがたい」
と言うような事でした。

私はその頃、若さのせいもあって、その言い方に奇妙な反発を感じたものです。

ところがどうでしょう。星霜去りて幾十年。
私自身がその言葉を味わい深く思い出します。
もちろん、深くかかわり、恩を受けた人のことを忘れないのは勿論ですが、昔、駅のベンチに座っていた名も知らぬ人、歩きながら、ふっと顔が合ったそれだけの人、ただそれだけのあの人この人が何かの拍子に脳裏をよぎります。

血気にはやって老人の感慨を笑うものではありませんね。
自分がそうなって行くことを若い頃は考えても見ませんでした。

花は人に見られることによって救われる
キリスト教の聖者アウグスティヌスは
「花は人に見られることによって救われる」
といったと昔何かの本で読みました。

私はそのときに、見られようが見られまいが、花は咲き、自足しているのではないかと思ったものです。

人は悲しいとき、切ないとき、絶望の淵に立ったときに、人に見られていることが救いになります。
また、そういう人が身近にいたら、、声をかけ、助けてあげられなくても、その人の事を見ている自分でありたいと思います。

以上は他人に対してのことです。

私は私に対しては、孤独に、耐える強さを持ちたいと思います。
花が、たとえ見てくれる人がなくても、精一杯に咲くようにです。
一人で咲き、一人で散っても、自然の営み、つまり、法にのっとっている限り、法という仏の中で仏に見られていることを知っているからです。

私の宗教のこと

たまには私の宗教のことを書きましょうか。
どこかに書いたように、私の祖父は熱心な八海山信者で、山伏の格好をしてよく参拝したと言います。
八海山と言うのは私のところからおよそ60キロ

http://www.niigata-uonuma.net/hakkaisansonjinja/

の、標高1773メートル、険しい山にある神仏習合の越後三山の一つです。

そんなわけで、家中の柱と言う柱、天井、果てはトイレの四隅の柱と天井にまで呪文を書いたお札を貼ってありました。
祖母は連れ合いがそうですから、村の念仏講の熱心な主催者で、早朝、私の枕もとの仏壇で2〜3のお経を唱えるのが私の目覚まし時計の代わりでした。

私の家は代代の曹洞宗ですが、昔の田舎のこと、真言、天台の僧侶が、四季のお払いの儀式に出入りしていました。

そのように熱心な宗教者であった結果、私の家では男が家で亡くならないで、外出先、あるいは旅行中、不慮の事故や病気で突然死することが続きました。
私の代に至る3代の間に、実に大勢の家族が亡くなっていますが、家で亡くなった男が1人もいないと言うのはどう言うことでしょうか。私の兄弟、長男はガンで病院で亡くなりましたがすでに別の家庭を持っていました。
しかし、現代では当たり前の事ながら自分の家で亡くなったのでないことは確かです。
私のすぐ上の兄、吹き付け業でしたが、足場から転落して37歳で亡くなりました。
これもすでに別の家庭を持っていましたが、私の家にまつわる変な伝統と言えましょう。

私が、信仰の深さと運不運はイコールでないと思ったのはこう言う体験からでした。

私が「大悲の海」に書いたように、自分から信仰に入るまで、強烈な信仰に対する違和感、不信感を持っていたのはこう言う幼児からの体験の裏返しだったと思います。
呪文、お札、祈祷、お払い、本来の禅宗はそう言うことをしないことに私は私の合理主義との親しさを知ったのでした。

私は22歳で家を継ぎました。
その若さでお金があるわけがありません。
安給料の機屋務めでは、125坪の今の土地を買うのが精一杯でした。
父が亡くなる寸前、地元の良材を使って建てた家が古くはなりましたが、しっかりしています。
むやみに広い家でしたので、半分だけ、解体して今のところに移築しました。

解体した柱の1本1本に、さまざまなお札が丁寧に貼ってありました。
私が現在のところに移築する最初の仕事は、その柱を洗い清め、お札はがしから始まりました。
私の、迷信にまみれた儀式信仰とのお別れでした。

お釈迦様が亡くなるとき、下痢を重ね、おなかが痛いおなかが痛いと言いながら、阿難尊者に下の世話をされながら亡くなったのです。
お釈迦様が自分のために祈祷や、呪いをしなかったと言うのが、私が仏教を見直し、近づいた最大の理由です。
キリストのように、「神よ神、なんぞ我を見捨てたまいし」などと、恨み言を言わない自然のままに亡くなったお釈迦様こそとおもいます。

私は禅宗のものです。
師の坊に、得度しても座禅はしません。朝晩のお勤めはしませんと言いました。
仏画を描く者が、描く以上の座禅や、お経を唱えることがあるでしょうか。

ことさらに宗教を名乗らなくても、一心にお百姓さんが田植えをし、草をむしることが宗教だと私は思います。
それらしいしぐさが宗教ではないことを私が言いつづける理由もここにあります。
生きる、理屈も何もいらない、生まれて来たら、自分のなすことを成し尽くしてひたすらに生きる、そして、死ぬときが来たら死ぬ。
それが私の宗教です。

学者は宗教らしい言葉の1つ1つを解説し、より多く知っていることをさも宗教者の資質のように思い、知識を増やすことが勉強であるように錯覚しています。
私はいつも言います。+思考から信仰は生まれない。一遍上人の言う、「捨ててこそ」の−思考にこそ信仰があるのです。
法然上人の「一文不知の法然坊」の言葉にこそ、叡山で知恵第一の法然坊と言われた、勉強が信仰でないことを知った真実の悟りがあると思います。

最後に、いつも言うことですが、宗教は、それらしいしぐさや、理屈や、知識や呪文や、お払いや、祈祷や勉強ではありません。
ただ、ひたすらに今を生きる、それしかないのです。
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昔、加持祈祷は真言、天台、日蓮宗の専売でした。他の宗派のものがしても効験がないとされたものです。

お葬式は、京都化野(あだしの)の念仏寺に見られるように、浄土宗、時宗、浄土真宗の仕事でした。
浄土真宗は親鸞上人が自ら言うように、お坊さんではありません。
本当は半僧、釆俗ですから、厳しい昔の時でも肉食妻帯を認められていたのです。

釈迦の時代から、お葬式は在家のすることでお坊さんは感知しないのが正式だったのです。
世は下り、あらゆる宗派の垣根が低くなった結果。大きな数珠を振り回して悪魔払いをするような臨済宗の織田某という坊主まで現れるようになりました。
末世と言うしかありませんね。

禅宗、これは仏心宗という通り、仏の悟りの心を水を盛った器から器に移すように、釈迦の悟りの心をそのまま連綿と今に伝えることだけに専念してきました。
それゆえに、古代インドのバラモン教や拝火教の儀式を多く持ち込んだ密教とは截然と違うものです。
誤解を恐れずに言うならば、私は、密教は釈迦本来の仏教ではないと思います。
あくまでも釈迦本来の仏教は「顕教」だということです。

これらをすべて雑ぜ合わせてしまった徳川幕府の宗教政策の罪は深いことになります。

巡礼
ある掲示板で、西国巡礼を何度もしている人が、巡礼で得たものと称してとくとくと語っているのを見て、「?」を感じざるを得ませんでした。
私は、「巡礼」というものは、「自分の自我を捨てる」ものであって、1度で済ませるのが、理想であると思っていました。

1度で自我を捨てきれない自分を恥じるべきであって、何度も重ねることを誇ることでしょうか。
まして、訪ねる先々で、仏様からなにかを頂くと期待するなどという己の強欲さは、唾棄すべき恥ずべき事ではないかと思います。

種田山頭火という自由律の俳人がいます。
一生を乞食(こつじき)に終わった人ですが、山頭火は乞食をし、漂泊することを誇ってはいません。
若くして自殺をしてしまった母の位牌を抱き、さすらい、浮世を漂う己の業の深さ、淋しさを酒に紛らせ、俳句に紛らせた一生でした。
山頭火を気取る人は、山頭火のせつなさ、悲しみに思いをはせなければなりません。

自動車で身を楽にして巡回し、ほとけ様からなにかを頂く事を期待し、それを他に誇る、自我と同行二人で、観光旅行をすることは巡礼とは言えません。
いま、与えられた人生をひたすらに、只ひたすらに生ききる以上の「巡礼」はないのです。

独座大雄峯
中国唐代に百丈壊海(ひゃくじょうえかい)と言う禅師が居ました。
百丈山に寺があったので百丈壊海といいます。
ある時僧が問いました。
「いかなるかこれ、奇特の事」(ありがたいという事はどういうことですか)

百丈
「独座大雄峯」(俺が一人、この百丈山に座っている事ほどありがたい事はない。

質問した僧はすっと立って礼拝しました。
その時です。間髪を居れずに百丈禅師はこの僧を打ちました。
「百丈、すなわち打つ」です。

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自分がここに居る。
考えてみれば、これほど不思議でありがたい事はないでしょう。
遠い先祖から、生まれ変わり死に変わりここに存在している。そして、仏と対座し、一体となっている。

百丈のこの言葉に対して、
「へえーあきれた自信ですなぁ」と茶化した僧の一礼を百丈禅師は見逃すはずがありません。
「すなわち打つ」です。

私も皆さんも、自分が居る所を百丈山と心得て、どっしりと座って揺るがない自分を確立したいものです。

観音
観音様は6観音、33体観音などといいますが、それは数ではなく「いっぱい」という意味に受け取ってください。
観音様は音を観る菩薩様と書きます。大勢の人の数限りない音、(助けてくださいと言う願い)を観る(聞いて)その人に合った形を取って助けにきてくださいます。
ですから、本来、観音様と言うのは形が無いと言えます。
たとえば、仕事に行こうとしたとき、飼っている愛犬のの調子が悪いので、お仕事はお休みしたとします。
そのとき、本当なら当然お仕事に向かう場所で、大きな交通事故が会ったと仮定しましょう。
そのとき、その愛犬があなたにとっての観音様ということになります。
同じことが、石につまずいて、生爪をはがしたために、たまたま事故に合う時間がずれたとしても、その石が、あなたにとって観音様です。

このように、観音様と言うのは、固定した形ではなく、ああ、と言う感謝の気持ちで手を合わせて謙虚に物事を受け止めてみることの出来る自分の「こころ」と言うことです。
総合して言いますと、観音様と言うのはこのようにして、その人が心を深める働きをすることを促す「ちから」とも言えるでしょう。
その力が、受け止める人の感性によって無数にあることを象徴して、6観音とか、33体観音と言います。

ただ、人が手を合わせやすいように、これが観音様のお姿ですよ。と、お釈迦様が出家する前の姿を像にし、絵にしただけに過ぎません。

ですから、絵仏師の私がこんなことを言うのはおかしいことですが、仏画や、仏像に惑わされてそれに手を合わせるというのは変なことになります。
自分で、自分に手を合わせられる自分を見つけること。信仰と言うのはそう言うことですし、それ以外ではありません。
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私がいつも言うことですが、手を合わせている仏様の像がありますね。
それは手を合わせる、あなたに手を合わせているのです。
お仏壇に手を合わせようと思って、お仏壇の扉を空けます。そのとき、すでにその人はお仏壇に手を合わせているのです。後の行為は付け足しでしかありません。
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以下は追記です
「赤肉団上(しゃくにくだんじょう)に一無位の真人有り、常に汝等諸人の面門より出入りす。いまだ証拠せざらん者は看よ看よ」
(肉体の中に偉くも、卑しくも無い本当の存在があり、いつも肉体から出入りしている。間だ看たことの無いものは良く看よ)

と言う禅宗の言葉があります。
この、無位の真人が、あらゆる知識や何かの以前にある、仏と言うことです。「父母未生以前の本来面目」=(父母が生まれる前からの本来の自分)と言う禅宗の言葉もこれにあたります。
自分の中に有るこれ「仏」に気がつき、一体となることを悟りと言います。釈迦が悟ったのは、この自分の中にあり、自分の外、宇宙いっぱいにまで遍満している、自己も他己もない世界を見、同一化したということです。
そして釈迦に、あるいは我々にそれを気づかせるその働きこそ観世音と言えるでしょう。
  
天人、天部
「天人」という言葉を聞いたことのない人などいないと思いますが「天人とは?」と問われてもきちんと説明できるでしょうか。

天人とは仏教で説く六道世界のうちの天上界に住む者をさします。
六道世界は迷界ですが、天上界は最上界ですので、さすがに苦は少なく楽は多く、自由に天を飛びまわれます。
また人間界と違って大変な長寿を保ちます。いわゆる神様はこの所に住んでいますので、天人と神様は同じ者の異名だと言えましょう。

ところで大変な長寿を保つというこの天上界でも「生ある者は必ず滅す」の理に従い、やはり死ぬ時を迎えなければなりません。
その時には、天人五衰と言って、五つの徴候があらわれます。

経典によって多少の違いはありますが、大槃涅槃経によれば、

  1・衣裳垢膩(衣服が垢で油染みる)
  2・頭上華萎(頭上の華鬘が萎える)
  3・身体臭穢(体が薄汚れて臭くなる)
  4・脇下汗出(脇の下から汗が流れ出る)
  5・下楽本座(自分の席に戻るのを嫌がる)

の五つを教えております。
私達人間は「死んだら天国へ行く」と言い、又そう願ってますが、死ぬという点では天上界も人間界とそう変わりません。

天上界の更にその上、仏界に達しなければ生老病死から逃れることは出来ないでしょう。

仏様は人間界と天上界の者達の師ですから、天上師とお呼びし人天(人間+天人)に福報を授けてくださる類無きものとして尊んでいるというわけですが、私達は是非、仏界へ行く事に致しましょう。

人間界からしか仏界へ行けません。天上界から仏界へ通ずる道はありません。天上界の者は、見という煩悩に犯されて更にその上へ行くことを望まないからだそうです。

私達は、貧瞋痴慢疑見の六煩悩すべてを払って、速やかに仏身を成就したいものですね。

劫について
仏教が説く時間のうちで最も長いのが「劫」であり、最も短いのが「刹那」である。

最長の時間の単位である「劫」はどれほど長い時間かというと、実は永遠と言ってよい程であり、我々の経験的な時間の数では到底、言い表わすことはできない。

そのようなとき仏教では比喩を用います。
仏典では、四十里四方の大石を、いわゆる天人の羽衣で百年に一度払い、その大きな石が摩滅して無くなってもなお「一劫」の時間は終わらないと譬えています。

また、方四十里の城に小さな芥子粒を満たして百年に一度、一粒ずつ取り去り、その芥子がすべて無くなってもなお尽きないほどの長い時間が一劫であるといいます。
この比喩を「磐石劫」「芥子劫」といい、『雑阿含経』や『大智度論』など多くの経論に説かれています。

さらに「劫」の永さを強調し、終わりのないくらいの長い歳月を「永劫」という。『無量 寿経』に「兆載永劫」とあるように、これも仏教語である。ここから「未来永劫」とか「永劫回帰」などの言葉が生まれました。

ところが、私たちは「劫初已来」「未来永劫」などと聞けば気後れしてしまいます。
このような心持ちのことを「億劫=おっくう」といいます。
長い時間の努力を億劫がり、煩悩のままに生きる私たち凡夫にとっての救いは、常に仏の大悲に照らされていると気づかされ、感謝の生活を送ること以外にはないということです。

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