夜半の追憶(男三郎の歌)
天然の美 替え歌



1
ああ世は夢か幻か
獄舎に独り思い寝の
夢より醒めて見廻せば
あたりは静かに夜は更けて


2
月影淡く窓に射す
ああこの月の澄む影は
露いとしげき青山に

静かに眠る兄君の
3 その墳墓(おくつき)照らすらん
また世を忍び夜を終夜
(よもすがら)
泣き明かす
愛しき妻の袂にも
 

少年臀肉切り取り事件

 1902年3月27日、東京・麹町区下二番町で、同町に住む小学生・河井惣助(11)が圧殺され、臀部左右の肉を削ぎ取られる事件がおこった。
麹町署では、臀部・踵の肉は興奮剤や薬用として効果があるという迷信から削ぎ取ったのではないかとみて、直ちに非常線を張って犯人の逮捕にあたったが、捕まえることができなかった。

約3年後の1905年5月25日、薬店店主殺し容疑で逮捕された野口男三郎(36)が、臀肉事件の犯人として浮上。
野口男三郎は大阪生まれ、東京外国語学校へ通っているうち、麹町区下六番町に住む漢詩人・野口寧斎の家に出入りするようになり、寧斎の妹の婿養子となった。寧斎はレプラ(らい病)患者だった。
警察の取り調べに対して男三郎は、レプラには人肉を食べさせるとなおるという迷信を信じて、惣助を殺し、
人肉ス−プにして寧斎と妻に飲ませたと自供した。
ところがその後、その寧斎も不審な死に方をしたので警察は、男三郎が東京外国語学校を落第して退学させられていたことを知った寧斎が男三郎と妹を離縁させようとしたため、それを恨んで5月12日、病弱だった寧斎を病気で死亡したように装い毒殺したものとみて厳しく追及、男三郎も犯行を認めた。

 1906年3月19日、東京地裁で行われた公判で男三郎は、無実を主張、臀肉事件と寧斎殺しについては犯行を否認。
 5月16日、臀肉事件と寧斎殺しは証拠不十分、薬店店主殺しで死刑判決。1908年7月2日、死刑が執行された。

この歌は野口男三郎が獄中で作った詩に当時流行していた「美しき天然」の曲をつけ、演歌師歌ったところ、一世を風靡したものである。


 


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